浜口尚大【時計師】

最高級クラスの時計作りに携わる日本人

時計の生産地として有名なスイス。
その中でも、ジュウ渓谷は長い時計作りの歴史を持ち、今なお時計作りが栄えている地域です。
そんなジュウ渓谷にほど近い小さな町に工房を構える「ルノー・エ・パピ」はスイスでも屈指の時計工房です。
この工房で作られたムーブメント(時計の運動部分のこと)はすべて1000万円を超える価格で世に送りだされます。

そんな「ルノー・エ・パピ」で働く日本人がいます。
浜口尚大さんです。
浜口さんは唯一の日本人メンバーとして、「ルノー・エ・パピ」の時計作りを支えています。

夢を追いかけて海外でスタートを切る

浜口さんは山口県の出身。
高校時代に読んだ時計の専門誌に心を打たれ、時計技師を目指すようになります。
高校を卒業してすぐにスイスにわたり、「ルノー・エ・パピ」の工房がある町で時計設計技師の専門学校に通い始めます。
そして卒業後「ルノー・エ・パピ」へと入社をしたのです。

若い人材をどんどんと起用して、歴史ある技術を教えこみながら、若い人材の柔軟な発想と歴史ある技術の融合から新しい時計を生み出す「ルノー・エ・パピ」。
浜口さんも複雑時計開発の主任という立場で活躍をしていました。

複雑時計とは機械で完全に動く時計のことを指します。
また普通の針を動かすだけの機能に加えて、さまざまな機能がついていることもあります。
浜口さんはその中でも、トゥールビヨンという重りを組み込むことで時刻のずれを出さない仕組みの設計を得意としています。
この技術はさまざまな複雑時計の機能の中でも最も難しいといわれているのです。

浜口さんの仕事は時計の設計と組み立てです。
設計図を描き、それを今度は3次元として実際に組み立てていくのです。

腕時計のパーツは本当に細かいもの。
浜口さんは時計の設計には現実感が必要だといいます。
実際に組み立てられるのか、時計として成り立つのか、そのようなことを考えながら、現実にできるものを設計していくのです。

新たなステップへと進むチャレンジ精神

2008年にはルノー・エ・パピでの経験を生かし、その親会社のオーデマ・ピゲへの移籍を果たした浜口さん。
オーデマ・ピゲでも設計技術主任という立場に勤め、時計技術の進歩を支えています。
浜口さんの設計する時計はどれも革新的だといわれ、注目を集めています。

夢をかなえるために高校卒業とともにスイスに飛んだことをはじめ、浜口さんの持つチャレンジ精神や、夢のためへの行動力には驚くものがあります。
現地ならではの文化や歴史の詰まった技術を習得し、また自分の中で新しい時計を生み出していく浜口さんの仕事への姿勢はルノー・エ・パピ最適だったといえるでしょう。
現場に飛び込んでいくことを恐れない精神は革新的な時計を生み出す精神に似ているのかもしれません。