服部 匡志【医師】

医師を目指したきっかけ

服部匡志氏は、日本の医師であり主に眼科を担当しています。彼が医師を目指すことになったきっかけは、父の胃がんによる死がきっかけでしたが、もう1つ大きなきっかけがありました。父を担当していた医師が、患者の気持ちを考えない発言をしたことで、彼も深く傷ついてしまったのです。だからこそ彼は、患者の思いやる気持ちと痛みを分かち合えるような医師になりたいと決心したのです。

彼は京都府立医科大学に入学したのですが、それまでに4年の浪人生活を送りました。大学を卒業後は眼科医となりました。そして転機が訪れたのは2002年でした。ベトナム人の医師と出会い、その医師からベトナムの医療技術に関する話を聞かされました。ベトナムでは、まだまだ発展途上の医療分野も多いことを知ったのです。それを聞いた彼は、ベトナムでの医療に貢献したいと思い、本格的にベトナムで医療技術を提供することにしたのです。

医師として海外で貢献

ベトナム国内においては、彼の医療技術は本当に素晴らしいものがありました。特に、ベトナム国内でも彼にしかできない医療があったため、多くのベトナム国民から支持を受けました。メディアによる密着取材なども受け、まさにベトナムにおけるヒーロー的な存在だったのです。

さらに驚くべきことに、彼はベトナム国内での治療は、ほとんど無償で行っていたのです。そのため、治療にかかる費用はもちろん、滞在費や旅費も全て自費で賄っていたのです。定期的に日本に帰国し、その時に集中してお金を得ているのです。年収にすれば500万にも満たず、そんな状況の中でも彼は、ベトナム医療に貢献していたのです。

これらの活動が政府から大きく評価され、世界で活躍する日本人に選ばれたのです。ベトナムで医療技術を施すだけでも素晴らしいことですが、さらに彼の場合は無償で行っているわけですから、もはや素晴らしいなんて言葉では言い尽くせないほど、彼の業績は本当に目を見張るものがあります。

現在の活躍

もちろん今でも彼は、ベトナムを始めとして、海外の医療技術に貢献をしていますが、彼の業績が日本中に知れ渡ったことで、多くの人がサポートをしてくれるようになりました。そのため彼にとっても、より海外での医療に集中できる環境となったのです。

服部匡志氏にとっては、ベトナムでの医療に特に苦労をしたことは、医療スタッフとの意識の違いだったことです。現地の病院では、たとえ急患がいたとしても診療時間外は一切応じず、業務時間が終わればすぐに全員仕事を終えるのです。その状況を改善すべく、彼はスタッフと積極的にコミュニケーションを取り、時間外の労働や急患が運ばれてきた時の対応などに、理解を示してもらうように努めたのです。現地のスタッフも、最初は彼の考えに不満を抱いていたのですが、彼が医療にかける熱意と真摯な姿勢に胸を打たれて、徐々に意識を変えていったのです。