五十川 明【ファッションデザイナー】

五十川明氏は、世界で活躍するファッションデザイナーです。1986年にオーストラリアに渡り、そこで服飾を本格的に学びました。1999年からは、パリコレに毎年出店するようになり、日本だけでなく海外でも著名なファッションデザイナーとなりました。今も、オーストラリアに在住しながら、ファッションデザイナーとしての活躍を続けています。彼の素晴らしいファッションデザイナーとしての業績が称えられ、世界で活躍する日本人に選ばれました。

され、彼が1986年にオーストラリアに渡ったのは、最初からファッションデザイナーになるためではありませんでした。その時は、あくまでもワーキングホリデーとしてオーストラリアに渡ったため、ファッションデザイナーになることなど、全く考えていなかったのです。1年間ワーキングホリデーとしてオーストラリアに住み続けたのですが、もっとこの国に住み続けたい気持ちが強くなり、一旦帰国した後再びオーストラリアにやって来たのです。

しかし、今度は完全に単身でオーストラリアにやって来たので、当然ですが仕事をしなければ住み続けることはできません。そこで彼は、職業専門学校で3年間、服飾デザインを学ぶことにしたのです。もっとも、この時も彼は、そこまでファッションに興味があったわけではなく、あくまでも少しでも早く仕事をするために選んだだけなのです。

ところが、この服飾のデザインを学ぶうちに、彼はあることに気がつくのです。他の受講生は全員オーストラリア人だったので、他の受講生と自分のデザインやテイストが全く異なる作りだったのです。これに手応えを感じた彼は、さらにデザインのことを深く知りたいと思い、デザイナーの元で修行をして、自ら服を手がけたのです。そして、1992年に自分のブランドである「akira」を立ち上げました。ここから彼は、ファッションデザイナーとしての成功の階段を駆け上がることになったのです。

自分のブランドを立ち上げるようになってからは、直営のお店もオープンし、ファッションイベントにも頻繁に参加するようになりました。そして、99年にはパリコレにもデビューをして、オーストラリアだけではなく、世界中で活躍するファッションデザイナーとなったのです。

五十川明氏は、今でもオーストラリアに在住をして世界で活躍をし続けていますが、彼の中ではあくまでも、「自分は日本人である」ということは忘れてしないのです。そのため、必ずファッションには日本の文化やデザインも取り入れ、これからも日本の良い部分をどんどん取り入れると述べています。彼にとっても、日本とオーストラリアのデザイン文化の違いがあったからこそ、この世界で成功することができたわけです。