森健人【ダンサー】

マイケル・ジャクソンの再来と呼ばれる日本人

マイケル・ジャクソンが好きで好きで仕方がなく、ついには自身がマイケル・ジャクソンだとまで評されるようになった日本人男性がいます。
森健人さんです。
愛知県に生まれ、大学3年生までを日本で過ごした彼は今、世界中から渇望されるプロのダンサーとしてアメリカで生活をしています。

母親が英会話教室を行っていたという森さんは、小さいころから洋楽に触れる機会が多かったようです。
マドンナやマイケル・ジャクソンの曲が好きでよく聞いていたという森さん。
中学生の頃、たまたま見たマイケル・ジャクソンのスリラーの映像に衝撃を受けたといいます。
スリラーのダンスを見た森さんは、その後独学でダンスをはじめ、いつかマイケル・ジャクソンと共に踊るという目標を掲げて生活をしていました。

本格的にダンスを始めたのは18歳の時です。
それまでダンススクールなどに通わなかったのは、日本のダンスにオリジナル性がないと感じていたからだそう。
ルールに縛られた日本の学校の文化が合わないと小さいころから感じていた森さんは、大学生になり海外に飛びだす決意をします。

海外で受けた衝撃と海外ならではの悩み

大学を中退して海外に飛び出した森さんは、そのわずか1年後にはプロダンサーとして認められ、そして2年後にはマドンナの専属ダンサーとしてワールドツアーを回る大挙を成し遂げました。
さらにはあこがれのマイケル・ジャクソンの専属ダンサーにも選ばれましたが、すでにマドンナの専属ダンサーであったために断念したそうです。

そんな森さんの才能を世界に知らしめた出来事があります。
マイケル・ジャクソンが亡くなった後、森さんのマイケル・ジャクソンへの並々ならぬ思いを知っていたマドンナが、自身の公演で森さんに、マイケル・ジャクソンの恰好をさせダンスをさせたのです。

そのダンスに世界からはマイケル・ジャクソンの再来との声が相次ぎ、森さんを世界に認めさせるきっかけとなりました。
その後森さんはアメリカへの永住権を獲得し、世界を舞台に踊るダンサーとなったのです。
森さんが海外にでて痛感したことは、ダンスは心の表現であり、日本のダンスはそうではないということだったそうです。
もちろん海外に出て苦労したこともあったようです。
幼いころから英語に親しみのあった森さんでしたが、やはり英語力の不足に悩まされることも多かったようです。

必要な英語力はそれぞれ違う

英会話スクールなどには通わず、渡米後積極的に話しかけるという方法で自ら英語を上達させていった森さん。
マドンナ専属ダンサーへのオーディションでは質問の英語の意味が分からず焦った場面もあったようです。
海外を舞台に戦うのならば必ず必要となる英語、森さんは戦いたい場面や、場所に適した英会話を身に着けることが必要だといいます。

森さんの場合、ダンサーとしての英語が必要でした。
そのため森さんはダンサー仲間や、関係する人たちとの会話から英語を身に着けていったのです。
目指すものがちがえば、それに適した英会話が必要となると森さんは述べています。

森さんのように幼少期から英語に触れており、英語への恐怖心がないというのは海外にチャレンジするうえで強い武器となったようです。
好きなことへチャレンジする思いを妨げないためにも、好きなジャンルに合わせた英会話を学べる機会があるといいのかもしれません。