錦織圭【テニス選手】

世界に挑み続ける若き才能

2014年の全米オープンでその才能を世界に見せつけた錦織圭選手。
日本人では不可能と言われていた世界ランク10位以内に堂々と名を連ねる彼も、日本で生まれ育ち世界に挑戦している一人です。

島根県に生まれ育ち、5歳からテニスを始めた錦織選手。
その才能は小学生の頃より目を引くものがあり、ジュニア時代からいくつもの試合で勝利を収めていました。
ジュニア時代には当時日本人の世界ランク記録保持者であった松岡修造氏の主催する修造チャレンジに参加していたことも。
松岡修造氏も絶賛する彼の才能はそのあと海外で大きく花開くこととなります。

13歳の頃、アメリカのフロリダ州にあるテニスアカデミーへの留学をきっかけに拠点をアメリカに移した錦織選手。
そのわずか4年後、17歳でプロデビューを果たします。
デビューの一年後には全米オープンでのベスト16位入りを果たすなど、一躍世界から注目される選手となったのです。

精神と肉体の強さが武器

順風満帆に見える錦織選手の選手生活ですが、多くの苦労や悩みとの戦いもあったようです。
そもそも錦織選手の体格は身長178cm、体重70kgとプロテニスプレーヤーの中では小柄です。
日本人ならではの体格が、海外の選手を相手にとる錦織選手にとって大きなハンデともいえます。

また怪我に悩まされる機会も多かったようです。
デビューしてから常に怪我や不調を抱えながら試合に臨んでいた錦織選手。
素晴らしい結果を残した2014年の全米オープン時も、足の親指を手術したばかりという状況の中戦い抜きました。

怪我との戦い、増える試合数に悩みながらも成績を維持していた錦織選手。
成績は維持できるもののトップ10を目前としてなかなか前に進めない状況にも苦しんでいたようです。
そんな彼を変えたのが新しいコーチの登場でした。

鬼コーチとしておそれられるマイケル・チャンをコーチに招いた錦戸選手は怪我にも負けない強靭な精神力を手に入れます。
その結果が表れたのが2014年の全米オープンです。
ラオニッチ、ワウリンカと共に錦織選手よりも格上の相手を下した戦いでは、ともに4時間を超える試合の末に勝利をもぎ取っているのです。
この長時間に渡る試合を集中力を保ったまま戦い抜いた錦織選手へは、世界からも称賛の声が上がっています。

さらなる高みを目指して

2014年の全米オープンでは世界ランク1位のジョコビッチ選手にも勝ちこし、その成長を世界に見せつけた錦織選手。
幼少期から負けず嫌いだったという彼はこれからも成長していくことでしょう。
彼を高みに連れて行っているのは、何よりもテニスへの愛情かもしれません。

幼いころからテニスが大好きだったという錦織選手。
その気持ちが困難に立ち向かう強い精神力を支えているのでしょう。
子供の「好き」を全力でサポートすることが海外でも活躍できる才能を育てる第一歩なのかもしれません。