奥山清行【デザイナー】

イタリア車に日本の息吹を入れ込んだ男

フェラーリをデザインした日本人がいることをご存知ですか。
カーデザイナーの奥山清行さんです。
現在は自身の会社のCEOとして活躍する奥山さんの経歴から海外での活躍の秘訣を見てみましょう。

山形県出身の奥山さんは、武蔵野美術大学を卒業後、アメリカにわたり、アメリカの大学でデザインを学びます。
アメリカの大学を卒業した翌年にはミケロッティ・ジャパンが主催する、デザインコンペティションで優秀賞を受賞します。

その後奥山さんは、ゼネラルモーターズにおけるチーフデザイナーを務め、さらにポルシェでもシニアデザイナーとして働くなど、活動の幅を広げます。
そして、最終的にイタリアのデザイン会社であるピニンファリーナに、デザイナーとして入り、フェラーリやマセラティ・クアトロポルテなどといった車のデザインを担当しました。

このエンツォフェラーリのデザインによって奥山さんは、「イタリア人以外で初のフェラーリデザインを手がけた男」と呼ばれるようになります。

このエンツォフェラーリはそれまでのフェラーリと性格が違うものであるといわれています。
それまでのフェラーリが使っていた横開きのドアではなく、トヨタ自動車が採用していたバタフライドアを採用することでドライバーが乗り降りしやすくなっていたのです。

またエアコンが完備されているなど今までのフェラーリにはなかった機能を奥山さんは加えたのです。
車の運転手が快適に過ごせる車内を作り上げていながら、走行にかかわる部分にも力が入れられており、快適性と動力性能を両方とも兼ね備えたフェラーリをデザインしたのです。

そのデザインの後、デザインディレクターへと就任した奥山さんは、やりたいことはすべてやったからとの理由から会社を辞めます。

会社を辞めたあと、トリノ、ロサンゼルス、東京、山形の4か所に個人事務所を開設しました。

日本の技術を世界に発信

奥山さんは日本以外ではKEN OKUYAMAを名乗っていて、今はKEN OKUYAMA DESIGNのCEOを務めています。

奥山さんは、車以外にも多くの工業製品をデザインしています。
日本でも奥山さんがデザインをした工業製品は多く使われていますし、工場も国内にあります。

また奥山さんは地元の伝統技術を活かした商品を開発して海外に展開したいという思いを持っており、自身の故郷である山形で活動を行っています。
山形の伝統工芸を活かしながら家具や照明、急須といったもののデザインを行っています。
そして出来上がった商品を海外に発信することで地元の伝統技術の継続や発展に貢献しているのです。

やりたいことをやりつくす

奥山さんの経歴を見てみるとやはり印象に残るのがやりたいことはすべてやったからという理由で会社を辞めていることではないでしょうか。
奥山さんは会社を辞めてからさらに幅広い工業製品のデザインにつぎつぎと挑んでいきました。
やりたいことを追求して、さらに自分の可能性を広めている奥山さん。
今後もさらに活躍をされそうですよね。