田中 千絵【女優】

田中千絵氏は、日本の女優でありますが、現在は台湾の方を拠点に女優業をされています。女優としてデビューをしたのは1998年でした。「美少女H」というテレビドラマに出演し、その後も映画やテレビドラマ、CMなどにもコンスタントに出演されていました。「頭文字D」など台湾へ渡る前から、海外の映画には出演されていました。そして、2006年に台湾へ渡り、そこから台湾を拠点に活動することになったのです。

台湾に渡った当初は、中国語の勉強を始め苦労されたことも多いです。もちろん、女優としての仕事があるかどうかも分からない状態だったので、不安も大きかったでしょう。しかし、2008年に台湾で公開された映画、「海角七号 君想う、国境の南」で主演を務め、そこから一気にブレイクしました。この映画は、台湾映画の興行収入歴代No1となり、それも彼女にとっては大きな追い風となりました。台湾での彼女の活躍が認められ、世界で活躍する日本人に選ばれました。

田中千絵氏が台湾へ渡った理由は、「誰にも頼らず自分だけの力で仕事を探したい」、「自分には何の特徴もなくこのままではダメだ」と思ったことから、台湾へ渡ることを決心したのです。台湾へ渡ってからは、必死に語学の勉強もされました。一切日本人の友人も作らず、中国語を翻訳ができるぐらいまで完全にマスターしたのです。しかし、それからも彼女の不安は募る一方でした。この頃は、台湾では映画の興行収入が不振を極めていました。したがって、台湾のトップスターですら先が見えない状況が続いていたのに、まして台湾では無名の彼女にとっては、非常に大きな障壁だったと言えます。

しかし、先ほど述べた海角七号のヒロインに、見事と彼女が抜擢されたのです。彼女が抜擢された理由は、彼女の日々の苦労を綴っていたブログを、たまたま映画監督が見ており、監督は彼女にヒロインのオファーを出したのです。もちろん、彼女も喜んでオファーを受けたのですが、ここからも苦労の連続がありました。映画業界の不振による、スポンサーとなる企業も次々と撤退したことから、この映画の制作でも資金不足に何度も陥ったのです。そのため、2度も映画の制作が中断されてしまい、最悪の場合は制作が中止になることまで考えられました。しかし、彼女や映画スタッフが、必死になって色んな企業にスポンサーになってもらうよう頭を下げたのです。その甲斐あって、無事映画を公開することができたのです。

そして、結果的にこの映画は大ヒットすることになり、彼女も台湾でブレイクしたと同時に、台湾映画界も復活に兆しが見られたのです。台湾映画界の復活に、彼女は大きく貢献したことになったのです。今でも、台湾と中国で映画やドラマで大活躍をしています。